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つぶやきをHTML化してサイトに貼り付けられるサービスだ。以下に貼り付け例を示す。発言の順序は「朝から夜」または「夜から朝」のいずれかを選択できる。

★[Send a mail now...] をクリックすると、その時点までの今日のつぶやきがブログに投稿される。
〔投稿先ブログの例〕  Sat, Oct 03

★毎日午前0時に自動的に投稿できる。

下記の例は転写しただけだが、毎日のつぶやきを午前0時に、設定したブログ(恋愛適齢期)に自動的に投稿することもできる。

Blogに投稿するときの設定をBloggerの例で示す。

1.事前にBloggerでメール投稿するときのメールアドレス(例:myblog.mail@blogger)を設定し確認しておく。

2.Twitterアカウントでtwtr2srcにサインインした後、settings→Auto postingタブをクリック

http://twtr2src.ogaoga.org/account/settings/mail
このページで以下の設定を行う。

1. Send a confirmation number
事前に設定したmyblog.mail@bloggerを入力して送信する。Bloggerサイトを開くとタイトルが「Confirmation number」の記事が投稿されているので、その本文に書かれている数字(例:1234)をコピーする。

2.Enter the confirmation number
コピーした数字1234を入力し submitボタンをクリックする。

3.Set the preferences
Auto postingのONにチェックをつけて save ボタンをクリックすると完了。



Wed, Sep 30


  • 23:08  「なにくそっという精神を持ってみんなで高めあう。柔道も教育もそれを道として教え伝えていくことが大切である。」熱血教師、加納治五郎が灯し続けた信念である。

  • 23:04  「なにくそっ、なにくそっという気持ちを持ち続ければ、どんなときでも、どんなことでも乗り越えていけるものだ」

  • 23:02  明治26年(1893) 治五郎34歳のとき、教員の養成を目的とした学校 高等師範学校の校長に任命される。管理職のトップだったが週に一度はみずから教壇に立った。次の世代につながる教育者の卵だからこそ、じかに伝えたいことがあった。

  • 22:57  「人間は知、徳、体の三つの釣り合いが取れていなくてはならない。いかに知力、体力が優れていても道徳をわきまえていなければ、知力、体力はかえって害にさえなる」

  • 22:53  治五郎はこの風潮を変えることからはじめた。生徒たちに荷物は自分で持たせ、礼儀を知らないものを臆することなくしかりつけた。さらに治五郎は、真の教育をするためには机の上の学問だけでは不十分だと考えた。

  • 22:50  治五郎は生活を安定させるために学習院の教授になる。授業の現場には身分制度が色濃く残っており、かつての大名の子息たちは人力車で学校に乗りつけ、荷物をお付きの人に持たせて教室にはいった。身分の低い先生を侮る風潮があり、治五郎は唖然とした。

  • 22:43  「人として生まれてきた以上 ほかの人のために尽くすことを忘れてはなりませんよ」

  • 22:42  講道館で、柔道だけではなく英語や政治学など自分が得意だった学問も教えるようになった。この行動の背景には幼い頃に叩き込まれた母のことばがあった。

  • 22:40  漱石を松山に赴任させたのは嘉納治五郎だった。治五郎は教育家として人を育てることにも力をいれた。廣田弘毅や五島慶太など日本の政治や経済を動かすことになる人物たちも治五郎の教えを受けていた。

  • 22:35  道を教えていくという意味を込め「講道館」と名づけた。警視庁との対抗試合で弟子たちが勝利したことで、警察官が学ぶべき武道として柔道を取り入れた。一番弟子が西郷四郎、ご存知「姿三四郎」のモデルとなった人である。得意技は「山嵐」

  • 22:28  合理的なものを構築することで、誰もが学べ次の人にも教えることができる。それは「共に高めあう一つの道」になる。それを柔らの道、「柔道」と名づけた。1882年、上野の永昌寺に最初の同情を開く。治五郎 23歳のときだった。

  • 22:24  自分を高めるには相手と共に高めあうことが不可欠だと思うようになり、だれもが取り組めるように柔術を作り変える決心をする。その過程のなかで、「ものごとを達成する上で合理性を尊ぶ」という精神の重要性にも気づいた。

  • 22:18  「かんしゃく持ちだった性格が、柔術を習っていくことで精神状態もしだいに落ち着き、自分を自制する力がとても強くなった。柔術には人を高める力がある。

  • 22:16  小さくてひ弱な自分でも投げ飛ばせる・・・それは治五郎が導き出した理論が見事に実践された瞬間だった。そのとき治五郎は心の変化にも気づいていた。

  • 22:13  世界199カ国で愛されるようになった「柔道」を創ったのは「ひ弱なインテリ青年」だった。柔術を研究し、「なにくそっ」の気概で修行した。そして会得したのが、相手の力に逆らわずうまく利用することで、のちに「肩車」と言われる大技を編み出した。

  • 22:00  謳歌といっても物質的な豊かさを暗黙の条件としてであったため、気がついてみれば精神的な充足感は薄い。だから、ストレスが溜まり、夫や家族、近隣のひとたちに救いを求め癒されることが少ないため、宗教に救いを求めるようになったのではないか?

  • 21:56  「専業主婦」というコトバ自体、戦後の豊かさが生んだコトバだろう。それ以前にはそんなコトバはなかったと聞いた。歴史的にみても、昭和後半から平成に生きている女性たちほど人生を謳歌した世代はいないのではないか?

  • 21:54  「働く女性」が増えたことが日本の社会を、日本人の意識を変えたのだろう。「専業主婦」という女性は少なくなった。しかし考えてみれば、昔は主婦といってもみんな働いていた。働きながら嫁の務めを果たし、夫を支え、子育てをした。

  • 21:50  人の思いはさまざまだが、仏教に関心を寄せる若い女性が増えていることは歓迎すべきことだと思う。昭和世代では女性よりも男性のほうが宗教に関心が深かったと思う。先祖を敬い、「家」を守る義務感が強いからだと思う。女性は嫁入りし、嫁ぎ先の墓に入るから、夫に従って生きる意味を見出していた

  • 21:44  ネットの仏教サークルに参加する人が増え続けている。お昼をお寺の境内でとったり、携帯待ち受けに仏像を使ったりする人がいれば、仏教を宗教と捉えて真剣に学んでいる人もいる。

  • 21:40  「仏女」 仏像、写経、説法、座禅、精進料理・・・仏教に熱中する女性たち。20代~40代が多いという。仕事、育児に忙しく、悩みや不安、ストレスを募らせ、仏教に救いを求めている。


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