東海アーカイブ

薩埵峠(さったとうげ)

大晦日、横浜に向かう途中思い立って興津駅で下車し、由比駅まで続く旧東海道の薩埵峠越えのハイキングコースを歩いた。総距離8.2キロ、標高差約100メートル。休憩を含めて約3時間の一般向きコースだ。峠を越えると富士山と箱根・伊豆半島が海越しに見える、眺望のいい道が続く。歌川広重の「東海道五十三次・由比」の絵で有名だ。
昔は断崖下の海岸沿いを波を避けながら歩く道で、東の箱根峠、西の鈴鹿峠と並ぶ旧東海道の三大難所だったという。親不知子不知といわれたそうだ。江戸時代に親不知を迂回する中道が断崖の上部に作られた。これが薩埵峠越えの道である。




昨夜は就寝が遅くなったのでちょっと朝寝坊して7時半に起きると晴れだった。8時過ぎに宿を出て、お気に入りの公園に寄ってから名古屋駅に移動。ちょうど駅ホームに停車していた豊橋行きに乗った。鈍行だった。いつもは快速なので鈍行に乗るとなじみのない駅が続く。車窓を眺めるが家並みばかりが続き、途中下車したい駅がない。

東海道線は10回以上往復してるので途中下車したい駅がなくなった。事前に調べておかないと行きたいところが思いつかない。ままよとばかりにボックス席でのんびり過ごす。浜松で下車して早めの昼食にうな重を食べようかと思ったがやめた。2000円以内で食べられたなじみの店でも値上げで並みのうな重が2600円で、しかもうなぎは半分になっていたのを思い出したからだ。夕食に三島で途中下車してうな重を食べることにした。

天気がいいので横浜に直行するのはもったいない。どこかで降りて歩こう。静岡駅をすぎ興津駅に着く頃にふと思い出した。10月に清水次郎長生家で売店のおばさんが教えてくれた「薩埵峠ハイキングコース」だ。興津駅からハイキングコース入り口まで約70分。途中、宗像神社、観音山海岸寺、白髭神社に寄り道をした。

白髭神社の急な階段を上ると、太平洋の海原が一望できた。人影がないので階段に腰掛けて買ってきたコロッケ、みかんを食べながらしばし海を眺めていた。ゆるやかな坂道を登っていくと山の裾野に墓地があった。墓地を通り抜けたところから坂道をのぼると10分も経たないうちに静岡市側の薩埵峠の石碑がある場所につく。前方に富士山が見えた。海の向こうに箱根の山々と伊豆半島が眺められた。ここで買ってきた寿司弁当を食べのんびりとした。

峠を越すと緩やかな坂道になる。10分ほど歩いたところに展望台があった。カメラを二台設置して、富士山頂を覆う雲が晴れるの待っているカメラマンがいた。朝、京都を出発して車で来たのだという。ここから眺める富士山を描いたのが、歌川広重の「東海道五十三次・由比」だという。いまは、眼下に東海道線、東名高速、国道1号線が走っていて、江戸時代の風景はなくなっている。

浜名湖の夕景

浜名湖の畔まで歩こうと思って、鷲津で途中下車した。14時20分、まだ残暑が厳しくリュックを背負って歩くのをためらった。とりあえず遅い昼食を とろうと駅前の喫茶店に入った。まったりと1時間も過ごした。覚悟を決めて強い日差しを浴びて歩き始める。あっという間に湖畔に着いた。半島の付け根にあ たり、古い桟橋が見えた。立ち入り禁止になっていた。先端の部分が壊れていた。

浜名湖の夕景

浜辺はない。左岸沿いに歩き始めると」天皇陛下御乗船所」の碑があった。昭和5年6月1日だというから、80年も前のことだ。土地の人に聞くと、北 岸に御用邸があったそうだ。昔はもっと立派な桟橋があったのだろう。乗船場周辺もかつては遊泳場だったというから、家族連れで賑わっていたのだろう。いま は朽ち果てた桟橋が残るだけのさびしい風景だ。